ブロックチェーン最前線4

「問われるIT技術者の倫理観」

ブロックチェーン最前線4

「問われるIT技術者の倫理観」

今回は、いつもとは少し違った趣の内容に触れてみたいと思う。
前回、DEXについて説明した。取引所のない取引所、分散型取引所などと言われているDEXが実用化されれば、投資家同士が直接つながり、仮想通貨はもちろんのこと、株式や債券などの伝統的金融資産の売買も行えるようになるだろう。当然、株式や債券のように、これまで取引所を介して売買されてきた伝統的金融資産の売買が、DEXを通じて行えるようになるのかどうかは、規制当局の考え方次第だが、少なくとも技術的には、それが可能になる時代が、もうすぐそこまで来ている。
そこで問われるのが、さまざまな開発に関わっているIT技術者の倫理観だ。IT技術者は、医者と同じように高度な職業倫理感が求められる、と私はかねがね考えている。

たとえば臓器移植を例に挙げてみよう。
今では、医療技術の発展によって、臓器移植が普通に行われるようになった。臓器移植といえば、日本だと腎臓、肝臓、肺が、移植件数でトップ3だが、海外では、筋萎縮症に苦しんでいるロシア人男性が、イタリアの医師によって頭部移植手術に成功したなどというニュースもあった。患者だったロシア人男性が普通に動けるようになったのかどうかについては、その後日談がほとんど聞こえてこないため、ハッピーエンドになったのか、バットエンドになったのかは、全く分からない。

ただ、腎臓や肝臓、肺など、言うなれば人間を構成するパーツのひとつを交換するのであればともかく、頭部をまるまる入れ替えるところまで行くと、果たしてそれは同一人物とみなすべきなのかどうか、そこまでするのは神の領域に踏み込むことになるのではないか、そもそも頭部を入れ替えることで生かす身体はどこから提供されるのか、といった倫理上の問題が生じてくる。
たとえ技術的に頭部移植が可能だったとしても、倫理観から頭部移植にまでは踏み切らない医者も多いはずだ。医療技術は、これまで不可能を可能にすることによって進歩してきたし、医療技術の進歩が多くの人々を救うことになるのは自明だが、やはり倫理的に踏み込んではいけない一線があるのではないか、という点は、多くの医者が自問自答していると思う。
IT技術者も同じだ。

あるいはSNSが流行り始めた頃、「大勢の人がコミュニティに参加することによって情報交換がリアルタイムで行われるようになり、結果、透明性の高い社会を築くことが出来る」などと、明るい未来が無邪気に語られてきたが、これが行き過ぎると、逆に監視社会につながる恐れがある。
自分が今どこにいるのか、何しているのかを随時、SNSに上げる人がいるが、それがどんどんシェアされていったら、何千、何万という人が、あなたの行動を逐次見ているのと同じことになる。

これは、かなり怖い話だと思う。社会が健全に機能していくうえで、ある程度の透明性は必要だが、それが行き過ぎると、誰にとっても非常に住みにくい世の中になってしまう。便利さも行き過ぎると、不便さにつながる面がある。
IT技術者の中には、いわゆる「ギーク」と呼ばれる人が少なくない。ギークとは、卓越した知識を持つ人の俗語だが、要は「オタク」である。パソコンの前に座り、ずっと画面を見続けていても苦にならない。仕事と趣味の境界線があいまいであり、仕事をするモチベーションは、自分が楽しいかどうかという点に尽きる。
そういう人は、とにかく自分が楽しいと思うことを、とことん突き詰めようとする。ゆえに、自分の技術が行き着く先に思いを馳せ、新たに開発した技術やサービスが、社会全体にどのような影響を及ぼすことになるのかという点にまで、なかなか想像が及ばない。多くのIT技術者は、良かれと思って技術をとことんまで突き詰めようとするが、それが悪用され、良からぬ方向に突き進んでしまうことも、十分に考えられる。

ブロックチェーンの最前線に立っているIT技術者は、自分たちが「世のため、人のため」と思って行っていることが、実はとんでもない副作用を伴う危険性を内包しているものであることを、きちんと認識する必要がある。
技術者と呼ばれる人たちは、とにかく自由に開発できる環境を求め、第三者から規制されることを、何よりも嫌がる傾向があるが、ことブロックチェーンにおいては、開発に際して、自由を徹底的に追及することによる副作用が強いと思われるだけに、IT技術者の倫理観が求められるのと同時に、規制の在り方も考えるべきだろう。

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